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262730昼休み[ヤシロです。]
[背景:校長室]
校長室。
その部屋の中で一人、はたきを持って棚や机の上のほこりをはたくやつがいる。
くそう、小早川め。俺の貴重な昼休みをこんなことに使いやがって。
俺は今、校長室という普段は入れない個室でありがたぁぁ〜く掃除させていただいている。
小早川恒例の"生徒指導"ってやつだ。
朝は授業開始前の10分間散々と原稿用紙に『もうしません』と延々書かされ右手がツリかけた。

ああ、やってられねえ。開始5分で飽きてしまった。
掃除なんて性に合わない。もう、めんどくてめんどくて……。
俺はハタキをポイッと投げ捨て、目の前にあるソファに腰掛けた。
……おお!
やっぱり金が掛かってるせいかこのソファー、座り心地は最高にいい。
一矢
「ん?」
ソファの真っ正面の棚の中に数々のトロフィーやら賞状が陳列されている。
数々、てのは言いすぎか。
有名校じゃないここじゃ他校には及ばないだろう。
せいぜいあるのは文化系のトロフィーなんじゃないか?
誰か知ってる奴の名前いないか暇つぶしで探してみる。
とは言っても俺の周りにはなにかに秀でた奴なんて……。
……あ、あった。

全国高等学校総合体育大会陸上競技大会

女子 200m
第3位 23秒98

矢代 操

全国3位!? 
……通りで足が速かったわけだ。
そのトロフィーをまじまじと見る。
これは、2年前の夏……つまり1年の時か。
今日の朝俺を置き去りにし、一人だけ助かった女。
矢代 操。
去年の2年生の時から同じクラスになっている。
自分のことを"俺"って言っているとおり、随分と男勝りな奴だ。
話し方も男そのものなんだよな。
じっとしてりゃもっと可愛いんだろうけど……。
5ヶ月前のバレンタインでクラスの半分の女子からチョコをもらうという偉業を成し得た奴でもある。
永二は心底恨んでたけどな。
あれ、でもあいつ部活なんてやってるとこ見たことなかったぞ?
速攻で学校から消えてることしか覚えてないしな。
……辞めたんだろうか。
1年で全国3位になれた実力なのに勿体ない。

ふと、自分のことを振り返ってみる。
俺にはなにか変化があっただろうか?
勿論世界が突然不思議な世界へ突入したとか。
宇宙人が来襲したとかそんなことは望んでいない。
ただ、生活に刺激が欲しかった。
もっと充実した毎日が送りたかった。
で、自分はなにか行動を起こしてきたか?
……ない。
常に望んでいるだけだった。
結果なにも変わらない退屈な毎日。
部活でもやればもっと忠実していた?
バイトでもやればもっと忠実していた?
勉強を頑張ればもっと充実していた?
していたかも知れないし、しなかったかも知れない。
絶対に変わるっていう確約のない世界だったから、俺はやらなかった。
やっただけの時間が損するって思ってたから……。
やっても無駄だったらその時間は自分の為に使いたい。
保証がないから。
確約がないから。
……そうやって今まで生きてきたんだ。
水面のように……。
風がきたから波を起こし、雨が降ったから波紋を作り、魚が跳ねればしぶきを上げる。
全てが受動的だった。
望んでいたから……。
自分の世界が変わることを……変わってくれることを……。

と、その時廊下からバタバタと複数の足音が聞こえる。
どうやらこっちに近づいてくる。
こんな軽い足音は多分小早川じゃない。
ガラッと勢いよく扉が開かれる。
???
「俺様参上!」
一矢
「帰れ」
扉を閉める。
と、また勢いよく扉が開かれる。
永二
「いきなりそりゃないだろう? 遊びに来てやったのによぉ」
一矢
「ここは神聖な校長室だ。お前がのこのこ入ってきて良い場所じゃないんだ。さっさと出て行け」
永二
「ここで掃除サボって、くつろいでるオメーはなに様だよ!」
一矢
「う〜ん、そうだな。差し詰め姑様といったところだな。ほらよ!」
永二
「あん?」
永二に叩きを投げ渡す。
一矢
「あら奥様! 窓のフチにまだこんなにホコリがあるわよ!」
永二
「嫁いびりの姑様かよ!!!」
テンポのいい口合戦が俺と永二の間で繰り広げられる。
このやりとりを後ろで誰かが聞いていたのかクスリ、と声が聞こえた。
七心だった。
七心
「ふふっ、駄目だよ一矢君。お掃除ちゃんとやらなきゃ」
一矢
「なんだよ、お前まで邪魔しにきたのか」
七心
「違うよぉ。お手伝いにきたのっ!」
珍しいな、七心が頬を膨らましたぞ。
永二
「俺もお手伝いにきたのっ!」
一矢
「お前は嘘だろ。あと気持ち悪いから止めろ」
永二
「サラッとヒドイな!?」
永二が七心の真似をしたので即座に静止させてやった。
一矢
「でもなぁ。こんなことが小早川にばれたら、俺ただじゃ済まないんじゃ……」
永二
「心配すんなよ。実はさっき七心ちゃんがな……」
永二が俺に近づき、肩に手を置いて反対の手の親指が七心を指す。
七心
「あ、あの、ね。小早川先生にお願いしたの」
七心
「私にも責任があるからって……。そしたら、いいぞって言ってくれたの」
え? あの小早川が?
……信じられない。
永二
「お前がまともに掃除するはずがないから、せめて分担させて少しでもやらせろってさ。小早川、ひょっとしてツンデレなんじゃね?」
2秒ほど想像する。

小早川
『べ、別にあんたのために掃除分担させたんじゃないんだからねっ!!!』

……あ、あり得ない、あり得ない。
一矢
「そうか、悪いな七心。その……助かるわ」
こう言うのは凄い照れくさいし苦手だが、なにも言わなきゃしこりが残る。
七心
「うんっ、早く終わらそうよ! 一緒に。ね!」
七心の顔が一瞬赤くなった……ような気がした。
永二
「……俺、空気か?」
一矢
「フロンガス辺りのな」
永二
「オゾン素は破壊しません!!」
備品も破壊しないでくれよ。
その後、七心3:俺1:永二6の割合で校長室を掃除。
まさか本当に永二が手伝ってくれるとは思ってなかった。
きっとなにか裏があるんだろうけどな。
永二
「ないよ!!! お前もしっかり掃除しろよ!!!」
……なにか他の事をやっていたら、こういう友人とも巡り会えなかったかも知れないな。
不満は残るが、今はそれもいいかなって少しだけ思った。

…………。

さて、あとはこのゴミ袋に縛ったゴミを片づけるだけだな。
永二
「……で、なんであなたはゴミ袋を俺にかぶせてるんですか?」
一矢
「粗大ゴミだ」
しゃべる大きなゴミを俺はビニール紐で縛る。
永二
「って縛るなーー!!!」